『平和を目指すキッカケ』
一人旅に出ようと思った。
故郷は、我が幼い頃になくなってしまった。種族はバラバラに散ってしまい、我は、行き場をなくした様々な種族が暮らす集落で育った。
我はとある泉のほとりで生まれた、由緒正しき血統のダークエルフである。ダークエルフは、銀髪か黒髪、多くが赤い目を持ち、人間に似た姿をするが長い耳を持っている。我らの種族は特に、魔法力が強く、また格闘も心得ていたため、魔族の中でも強い種族だった。
本来魔族とは、ひとつの種族が一所で育ち、大切なものごとを受け継ぎ、絶やさぬようにしていくもの。その伝統が途絶えてしまったのだから、その地に一生をささげる必要もない。
だから、旅に出ようと思ったのである。
人間と魔族の争いが続く今の情勢を、この目で傍観しようと思った。そして旅の中で、もしかしたら、我の同胞に出会うこともあるかもしれない、という小さな希望も持って。
……本当は、それらの理由など、後付けなのかもしれない。我はただ、不安定なこの世に答えを見つけ出したかっただけなのかもしれない。何のために戦い、何が残るのか。それを、見つめてみたかったのだろう。
近頃では、人間の勢力拡大が激しさを増し、住む場所を追われた魔族が多くいた。反抗する種族もあったが、どうしても勢いのある人間どもに勝てず、その地を捨てて、別の地を探すことになる。
魔族には、統率力に欠けるところがある。単純に力比べをすれば、断然に魔族が勝つことだろう。しかし、人間は弱いが故なのか、よくまとまり、知恵と道具を振りかざして闘う。弱点をまんまと突かれた形だろう。
我は、一人で旅をしていたので、人間との戦闘はあまり経験しなかった。人間の住む場所を避け、なるべく無駄な殺生をしないようにした。我の目的は、人間滅亡ではないのだから。
たまに人間と争うことがあっても、人間ごときが我に勝てるはずもなかった。人間どもには魔法が使えない。噂によると、魔法を使う人間もいると言うが、我はまだ、どこぞの国の兵隊としか戦闘をしていないので、そのような存在に出くわしていない。
旅立ちから数年、そんな自己防衛のための殺生も噂に尾ひれをつけて、魔族の間では「伝説の魔王」とさえ呼ばれてしまっている。思っている以上に、殺し過ぎたのかもしれない。人間どもの間では「白銀の魔王襲来」と言われて、たまに我を狙って派遣された兵隊と対峙することもあった。
更なる戦闘は、更なる伝説を積み重ね、もう世界に我の存在を知らぬ者はいないのではないか、というほどだった。
しかし誰も、我が何のために旅を続けているのか知らない。我にも、どんな答えが知りたくて旅を続けているのか、よくわからない。いつの間にか、争いの渦中である。
そんな、ある時。
我は小さな、エルフの里に立ち寄った。ちょうど、人間どもの軍隊との戦闘で、里の近くを焼け野原にしてしまい、それを見ていたエルフたちに迎えられたのだった。
勝手な伝説話も幸いして、我はよい待遇をしてもらった。残念ながら同胞に関する話は聞けなかったのだが、最近では魔法を使える魔族も減っているという、残念な話を聞いた。
数十人ほどが暮らす小さな里であったが、我を迎えるために里人みんなで祭りを開くことになったようだ。広間には様々な飲食物が並び、中央にはやぐらが組まれていて、この里で崇められている三本の矢が置かれていた。やぐらの周りをエルフたちが踊り、騒ぎ、また装飾で我を歓迎する。
里の長に挨拶をした後、少し離れた場所で一人、酒を飲んで、エルフたちの盛り上がっている様子を眺めていた。一緒になって騒ぐよりも、楽しそうにしているのを見ている方が、なんだかいい気持ちになれる。
すると、エルフの娘が一人、我のそばにやってきた。右腕には、里の風習なのか、ジャラジャラと腕輪をつけていた。
「魔王様、楽しんでいらっしゃいますか」
「ええ、この酒は、とても美味しいですね」
「……もっと、怖いイメージを想像していたけれど、そんなこともないのね」
魔族には豪快な性格の者が多い。我の丁寧な話し方に娘は驚いていた。
娘はグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干した。
「私、ここの酒しか飲んだことがないから、美味しいのかどうか、よくわからないの。本当はもっといろいろなことを知りたいのに、外の世界には危ないから出てはいけないって、みんな口をそろえて言うのよ。情けないわ、人間にびくびくしながら里の中から出られない生活なんて」
話しながら、娘はどんどん酒ビンを空け、顔も真っ赤だ。面白かったので、我は黙って話を聞いていた。
「どうして魔族と人間は争わなくちゃいけないのかしら。昔はお互い無関心に生きてきたじゃないの。それをどうして、今さら、どちらか一方が滅びなくてはいけないのよ。魔王様、あなたもどうして闘っているの。何のために、闘っているのですか」
「我は、別に……」
明らかに飲み過ぎた娘は、もはや我の声も届いていないようで、いつの間にか泣きながら訴えていた。
「私はね、ただ平和な世の中が見てみたいのよ」
娘の悪酔いに気がついた里人が、娘を担いで家に帰してゆく。
月も昇りきったころ、里の祭りは終わった。我は長にお礼を言って、エルフの里を後にした。
森の奥に存在したエルフの里から、いくらか歩いてきた人気のない場所にあった大木を、本日の寝床とした。我はたいてい、立ち寄った集落に長居をしないことにしている。噂や伝説のおかげで、なんとなく落ち着かないのだ。
静かな深夜の森で、エルフの娘のことを考える。あの娘は、どことなく我の考え方に似ていたような気がする。そして、我は何のために闘っているのかと訊いた。
このまま何も考えずに、迫ってくる人間どもを倒しているだけでは、いけないような気がする。
今日は少し疲れた。もう寝よう。
…………朝。動物たちの活動がはじまる頃。
森の奥、昨日立ち寄ったエルフの里から、黒煙が立ち上っていた。
我が人間の気配に気が付かなかったという事実に驚きが隠しきれず、とにかく里に向かう。
そこに広がるエルフの里は、完全に崩壊していた。広場にあるやぐらも崩れ、三本の矢も見当たらない。エルフも全滅してしまったようである。
我は、急いで一軒の家に向かい、その崩壊した家のがれきをかき分けて、エルフの娘を探した。エルフは、死んでしまうと、水が蒸発したように跡形もなくなってしまう。こげた木片をどかしていく度に、なんだか悲しみが押し寄せてくる。
何枚目かの木の板をどかした時、娘が右腕に付けていた装飾品と、焼けた布切れが出てきた。
森の活動する音が、耳に入ってこなかった。
……我は、現実から目を背けていたのかもしれない。
昔、エルフの娘が言っていたような「共生」できる世界になればいいなと思ったことがある、しかし我は何もしなかった。世界中をめぐって、ただ戦争を眺めていただけだった。人間との闘いも自己防衛という言い訳を使って、傍観者を決め込んでいた。
エルフの娘のように、現実を見て熱くなることが出来なかった。
だから、愚かな人間どもが勢いに乗って、魔族に脅威を与え続けても、見ているだけだった。
……本当は、きっと、世界の答えを探していたはずなのに。
なかなか決心できなかったのかもしれない。自分で動き出す決心が。
今度こそ、決意しよう。我は、平和のために闘わねばならない。
しかし、娘の望んだ「共生」の世界を目指すことは、どうやら出来そうにない。人間どもの横暴を、我は許すことが出来ないからだ。エルフの娘は、共に生きたいと、平和主義の立場でいたのに、人間どもは、自分たちの生存だけを考えて、いま闘っている。そのような者どもと共生など出来ないだろう。
我はこの日から、魔王の称号を認め、世界中の魔族を統括することにした。
人間どもにはなかなか足を踏み入れることができないような高い岩山の頂に、その本拠地を建て、何重もの結界を張り巡らせた。大げさな防御は、昨今の魔法力低下の中において、魔族に我の力を見せつけることになる。
魔族の弱点である統率力、団結力を我が補うことにより、今では各地で魔族がそれぞれに力をふるっている。また、魔法の研究も進め、人間どもを効率よく消し去る方法を考えている。
そのような政策を行っている最中に、ある噂話は聞いた。人間の中にも、とても強い力を持った人間が現れて、魔族の住処を荒らしていくと言うのだ。いわゆる勇者の誕生、なのか。
もしかしたら、我に気配を感知させずにエルフの里を全滅させたのも、その勇者によるものかもしれない。
……面白い。我らも全力で人間全滅に挑もうではないか。
もはや、人間どもの好きにさせてなるものか。共生できないと言うのであれば、死は人間どもに捧げよう。
終
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